私の友人で若くしてサラリーマンを辞め、そして自分で起業して稼いでいる人がいます。彼はなぜ成功できたのでしょうか?

私は幸いにも、彼が独立して成功するまでの全てを見続けることができました。1人の人間が、どうやったら成功していくのかという、一つのやり方を知ることが出来ました。

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彼のビジネスでの成功を書きたいと思った理由は、彼が普通の人だからです

立身出世物語や、独立して自分で会社を立ち上げた人達の記事を読んだりすると、本当にがっかりすることがあります

それはなぜかと言いますと、例えば、東京大学を卒業して一流商社に入社して、その後会社を立ち上げて世界中の人たちと取引をしているという話しがあったりします。

または、経済産業省に入省後、経歴を積んでコンサルタントになっているという話しを読んだりします。

そんな話しを聞くと、元々頭が良くて、生まれつき優秀な人達でないと、独立したり、たくさんのお金を儲けたりするのは無理なんだろうなあと思ってしまうわけです。

しかし彼は違います。普通の大学を卒業して、そして小さな会社に就職して、そして独立をして成功したのです。

我々のような凡人が、どうやったらこれからの人生が充実したものになるのかという、一つの答えを教えてくれました。

彼の今までの経歴を簡単に紹介します。地方の高校を卒業後、平凡な偏差値の大学に入学し、そして4年間で卒業しました。

卒業後、就職した会社は小さな建設会社でしたが、そこで副社長にまでなります。しかし彼は、その会社を辞めて同業種の別の会社に入社します。そして、そこでも副社長にまで上り詰めるのです。

そしてある時、起業する事を決断したのです。そして現在彼は、自分自身で生計を立て生活をしています。

ベンツやフェラーリに乗ったり、毎日飲みに行くような豪華な生活ではありませんが、しっかりと毎月の収入があります。

独立起業した途端に不況が襲い掛かる。そして失われた8年が始まった

彼が独立を決意して会社を辞めたのは、2008年の4月か5月だったと思います。そうです2008年の9月に世界中をリーマンショックが襲います。彼は、独立していきなり大不況に見舞われます

しかも、彼が選んだ職種は建設関係の仕事で、場所も大阪でしたので、本当に聞くも無残な不況が彼を襲い、悲惨な状況になりました。

建設業界のコンサルティングを始めましたので、彼を雇う側の会社が大不況になったため、当然彼に仕事は回ってきませんでした。

収入が途絶えたため仕方なく彼は、派遣会社に登録して仕事を探すのですが、年齢的なことや大阪という場所が悪く、全く仕事が回ってきませんでした

そのためスーパーでアルバイトをすのですが、若い学生たちとは体力的に対抗できず、間もなく首になってしまいます

たまに派遣の仕事があっても、派遣先で自分より何十歳も若い正社員から「そんなことも出来ないんですか?」「あなたは今まで何をやっていたんですか?」などといじめられ続けたそうです

その頃に彼は、インターネットの勉強をして、自分の作ったホームページで商材を売る事も始めていました。しかし、ほとんどお金にはなりませんでした

家賃も払えないよう状況がしばしば訪れ、その後8年間も極貧生活が彼を苦しめる事になります。本当に何も出来ず、ただ食べるだけの毎日でした。

ただ生きているだけという状況だったのでしょう。次第に彼との連絡は途切れ途切れになり、やがてほとんど連絡が取れなくなりました

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ひょんなことから再起した彼の復活劇は、見事に彼の人柄からでした

そんな彼が再起を果たしたのは、本当に「ひょんな」きっかけからでした。彼は仕事も無く暇だったので、Skypeで世界中の人とおしゃべりをしていました。

基本会話は英語です。初めは全然会話にならなかったらしいのですが、いろんな国のいろんな人と話すうちに、徐々に英語を覚えていきました。

そんな中、仲良くなった中国の人が、「日本人にお金をだまし取られた」という事を相談してきたそうです。聞けばその日本人は、自分の家の近くに住んでいることが分かりました。

そこで彼は、「よし!それじゃあ、私が行って解決してこよう」と、その日本人から見事お金を回収したのです。見返りを期待したわけではなく、本当の親切心からの行動でした。

彼は、その時の事を私に話してくれた時、「あの時は暇やったから。」と言ってのけます。

その時助けた中国の人は、貿易会社を営む社長でした。彼は、その縁がきっかけで中国人社長に気に入られ、中国と日本の間の貿易の手伝いというか、日本側の代理店を任されました。

また、社長仲間にも紹介され、中国をはじめとして、いろんな国や色んな業種からの取引が舞い込む事となりました。

まだ大きな取引は無いので手間ばっかりかかるそうですが、仕事量は劇的に増えたという事です。将来は楽しみだと言っていました。

偶然ではなく必然が幸運を呼び込んだ彼の努力

彼の成功は、たまたま良い出会いがあっただけ。それは宝くじに当たったようなもんだと思う人がいるかもしれません。しかし私はそうは思いません。

彼の今までの実績や経験、そして彼の人柄などの、いろんな要素が必然的に絡み合って実を結んだと、私は確信しています。

まず、skypeで話をした中国人とは、お互い英語で話をしています。そもそも会話が成り立たないと相談もクソもありません。

彼は暇だったとはいえ、Skypeで世界中の人と話しをしている間に英会話に磨きをかけていました。

さらに彼は、仲良くなったといえ、見ず知らずの中国人のために全く報酬を期待せずに難しい仕事をこなします。

詐欺行為をしている人間からお金を回収するためには、いろんな知識がなければいけません。難しい交渉もクリアしていかなければいけません。

それが出来たのは、彼が会社勤めで副社長までした経験から、厳しい交渉や経理的な事を熟知していたからでした。数々の修羅場を潜ってきていた事もあり、ある程度怖い人たちとの交渉の仕方も知っていたわけです。

私は、昔から彼の人柄を知っていますが、人情に厚くリーダーシップも兼ね備え、いろんな意味で人の上に立つような才覚の持ち主でした。

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100倍の知識と経験を得て、不況は良かったと言い切る

貿易の仕事を始めてからは、依頼のあった商品を全部自分で探し出して来ます。

そのためには調査する能力であったり、自分を売り込むホームページを作成したりという能力が必要です。

食えない時に彼は、自分でホームページを作って商材を売る事をしていたので、インターネットの知識も吸収していたのです。

そうした彼の様々な経験である「点と点」が、偶然の出会いがきっかけで「線」で結ばれ、そして実を結んだと言えます。

経験してきた事が、「たまたまラッキーだったんだよ」と思われるかもしれませんが、彼曰く「独立してからの10年近くで、自分が得た知識や経験は働いていた時の100倍以上ある。不況があって良かった」と言っています。

多分、彼が獲得した知識や経験量があれば、どんな出会いがあっても対応できていたのでしょう

私は、彼に成功の秘訣を聞きました。

彼曰く1番の成功の秘訣は「偶然だ。たまたま出会いが良かっただけ」と言っていますが、また次のようにも言っています。

大切な事は続けることだ。でも、この続けるっていうのが非常に難しい。私は8年かかってなんとか食べれるようになったけども、もし毎日毎日コツコツと続けることが出来ていたら、多分5年で食べれるようになっていただろうと感じている」

「でも、途中で嫌になったり鬱になったりして、何もしない時期が長かった。たくさんの時間を無駄にしてきたことが、8年という長い期間、貧乏生活をしていた原因なのだと思う」

 

継続するために重要なことは、やる気ではなく無の境地

彼は続けてくれました。

「続けるっていうのは、やる気とか環境とか、そういうものとは一切関係がない。やる気は5分で吹っ飛んでしまう」

「続けるためには、完全に無の状態、例えて言うなら、朝起きて顔洗って、歯を磨いて、朝ごはんを食べるという完全に習慣化された生活スタイルと、全く同じ感覚で仕事が出来るようにならなければならない」

「しかし、完全に習慣化するまでには1年はかかると思う。ほとんどの人は、この1年間が我慢できなくてやめてしまう」

「そうならないためには、1年間は無理矢理机に向かい、何が何でも仕事をするという強制的なやり方しか方法は無い」

「しかし、自分で独立して仕事を始めたりセカンドビジネスをする場合は、してもしなくても誰にも注意されない。別に誰かに何を言われるわけでもないので、継続が非常に難しい」

「それが、私が8年間で学んだ1番大きな収穫だった。とにかく続けて、そして習慣化させて、最終的には何も感じなくても仕事が出来るようになる事」

「やる気とか、絶対に完遂してやるとかいう意気込みは要らない」そうです。

彼は最後に、「続けていれば、必ず成功することが出来る」と言っていました。

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