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節約というのは、お金があって出来るもの。とりあえず稼がないと何もかもが始まりません。

しかし、仕事は厳しくて辛い。これから何十年とどうやって仕事をしていけばいいのか?あるサラリーマンの成功例を紹介したいと思います。

私の知人で、若くして部長に昇進し、お金も潤沢にあり、彼曰く「毎日が暇」という素晴らしいサラリーマンがいます。

彼はなぜ成功できたのでしょうか?彼の考え方や行動の仕方を紹介したいと思います。

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成功しているサラリーマンは、人当たりが良くて人脈が広い

彼は、成功したと言ってもサラリーマンとして成功しているだけでなく、いわゆる経済的に成功しています。

比較的高い給料をもらいつつ、小さいながら自分の会社を持っています。株もたくさん所有していています。将来は自分の会社を大きくして独立しようとしています。

なぜそんなことが出来るのでしょうか?

私は、かなり多くの時間、彼の成功に関しての、彼の考え方や行動の仕方を事細かに聞くことが出来ました。

そこまで詳しく聞けているにもかかわらず、自分の人生に反映することは出来ませんが、やはり、話を聞いてみると成功者は一味違うなあと思います。

まず、彼と接していて一番自分と違う点と言えば、「ものすごい人脈がある」という事です。色んな知り合いがいて、その知り合いから色んな情報や協力を得ています。

別の言い方をすれば、彼に協力したいと思ってしまいます。物凄く人当たりが良くて、何かアドバイスしたいと思いますし、一緒に仕事したいと思ってしまいます。

会社の言う事を聞かない仕事のやり方。現地の優秀な人材に丸投げ

更に、彼がすごいと思う点は、「会社の言う事を聞かない」という事です。実は彼は海外で働いています。ある日本企業の海外拠点の責任者です。

日本にある本社はいろいろ言ってくるらしいのですが、全然言う事を聞きません。例えばこんな話をしてくれました。

ある国で新しい工場の操業を始めた時に、日本本社から彼は「営業も工場の運営も両方とも、しっかりとお前が責任者として管理しなさい」と言われたらしいのです。

しかし彼は、工場の運営を現地の優秀な人間をピックアップして責任者にして、彼らに完全に任せたらしいのです。そうして彼は完璧に営業一本に絞り販売を拡販していきます。

日本本社の感覚からすれば、海外拠点は日本の支店のようなもので、日本人が管理して日本の言う事を聞くのは当たり前だという事なのでしょうが、彼はその考え方に従いませんでした。

そうして何年か経過した時に、更に別の国に新しい工場を建設することが決定しました。その時に日本本社は、彼を責任者に指名して工場の立ち上げを命じたのです。

それに対して彼はどうしたかと言うと、数年前に育てていた現地の優秀な人材を工場立上げの為に派遣しました。そして自分は営業一本に絞って引き続き拡販を続けたのです。

もちろん、彼も全く工場の立ち上げに携わらなかったわけではありませんが、中心人物は現地の優秀な人材に任せたのです。

そうして現在どうなったかと言うと、2つの工場は問題なく操業をしています。また彼が拡販を続けたおかげで売り上げもどんどん伸びていきました。

おかげで2つの工場の稼働率もどんどん上がっていき、実は赤字だった海外拠点が単体で黒字転換したのです。

黒字転換した理由も皮肉なもので、赤字の原因は日本本社への出荷額があまりにも低価格のためでした。それで彼は日本以外のお客さんをたくさん作る事で、日本への出荷を最終的に0にして黒字にしたのです。

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本社も認めた彼の仕事のやり方は、現場を知り尽くしたが故の行動でした

この話には後日談があります。彼の勤めている会社の、日本本社の社長のインタビュー記事が本に載っていたので読んでみました。題名は「世界のグローバル化への対応」のような感じでした。

その記事には次のような事が書かれていました。「海外で成功するには、現地の人材を育てて、現地の事は現地の人に任せるのが良い。また日本という市場に頼らず、海外顧客への拡販が必要である」と。

全く笑ってしなうような記事でした。日本本社は全く機能していないのに、日本本社の社長は、自分が主導したかのような論調でインタビューに答えていたのです。

彼は言います。「日本の論理は海外では通用しない。日本本社は海外の事は全然わかっていない。しかし、それは仕方のない事や」

「日本の言う事を聞かなくて窮地に陥った時もあった。でも大丈夫やと思った。なぜならば、海外のお客さんはものすごく景気が良い。日本のようなしみったれた契約など無い。」

彼は、人当たりが良く本当にやさしい人である反面、仕事に対しては非常に厳しい見方も持っていると感じました。間違っていると思った事には、頑として信念を変えないのだろうと思いました。

私は彼にその事を聞いてみました。「だって無理やもん、そんなん。工場も見て、営業もして、日本に毎週報告書を書いていたら、時間がいくらあっても足りない。夕方からはゆっくりしたいしな。」

ただのめんどくさがり屋?さらに彼は続けました

「日本に依存していたら、いつまで経っても日本の言う事を聞かなあかん。俺は海外拠点を独立させたかったんや。それが現地の従業員の為にもなるしな。あのまま赤字が続いとったら、何百人のワーカーを首にせなあかんかったわ

現地の状況を正確に見極め、適切な行動をとる。現地にいたら肌で感じられることなのでしょう。彼は極めて現場主義なのです。

実績が認められ栄転の辞令が出るも、彼は実を取り現地滞在を決意した

彼は、海外拠点を黒字転換させた功績により本社へ帰任、そうして役員に迎えられる事になったそうです。彼は私にその事を話してくれました。

「それは断った。日本に帰ったって面白ない。景気が悪い日本でしみったれた契約、そしてお客からいじめられるような扱いを受ける。こっちで豪快なお客さんと付き合っていく方が良いに決まっている。」

彼は世界の動きが見えているのでしょう。そうして、海外で自分の会社を立ち上げ、海外の株を購入して、資産を増やしているのです。

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